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山口地方裁判所 昭和61年(ワ)90号 判決

主文

一  被告らは各自、原告に対し、被告内田建設有限会社、被告有限会社梶山運送において金九四四万二四五一円、被告福江日出男において金一五七三万七四一八円及び右各金員に対する昭和六〇年六月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告内田建設有限会社及び被告有限会社梶山運送との間においては、原告に生じた費用の五分の二を原告の負担とし、その余は右被告らの負担とし、原告と被告福江日出男との間においては、被告福江日出男の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告に対し、金一八〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年六月九日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告内田建設有限会社及び被告有限会社梶山運送)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、訴外亡山田秀信(昭和五一年一二月三日生。以下、「亡秀信」という。)の実父である。

2  本件事故に至る経緯及び事故の状況

(一) 被告内田建設有限会社(以下、「被告内田建設」という。)は、昭和六〇年五月ころ、山口県から横曽根川の河川改修工事を請負い、右工事の内ブルドーザーによる浚渫工事を被告福江日出男(以下、「被告福江」という。)に請負わせた。

(二) 被告福江は右工事に使用するため、被告有限会社梶山運送(以下、「被告梶山運送」という。)に対し、その所有にかかるブルドーザー一台(三菱BDブルドーザー超湿地車。重量約四トン)を山口県防府市大字台道遠ヶ崎横曽根川河川敷(以下、「本件事故現場」という。)の工事現場に搬送するよう依頼し、被告梶山運送は、昭和六〇年六月六日その従業員である訴外富永功一(以下、「訴外富永」という。)に、右ブルドーザーを工事現場に搬送させた。

(三) 訴外富永は同日午後四時五〇分頃、右工事現場に本件ブルドーザーをトラックに乗せて搬入したが、その際、同所には横曽根川河川改修工事に備えての現場測量のため、被告内田建設の従業員訴外平原康男(以下、「訴外平原」という。)が居合わせたので、訴外富永は、ブルドーザーをトラックから降ろした後、訴外平原に対し、ブルドーザーのエンジンキーを付けたままにしておく旨を告げただけで、その場を立ち去った。

(四) 訴外平原もまた、右の測量が終わると、エンジンキーが装着されたままの本件ブルドーザーを放置して立ち去った。

(五) 亡秀信(当時八歳)は、同月九日、兄清志(当時九歳)及び友人(当時六歳)と共にうなぎ取りをするため、本件事故現場の河川敷にやってきたが、そこで、本件ブルドーザーを発見し、三人でその運転席に乗って遊ぶうち、同日午前一一時五〇分ころ、そのうちの誰かがエンジンキーをいじってエンジンを始動させてしまい、ブルドーザーが後退を始めたため、驚いた亡秀信は、兄に続いて運転席から飛び降りようとしたが、狼狽のあまり誤ってブルドーザーのキャタピラーに巻き込まれ、轢過されて即死した(以下、「本件事故」という。)。

3  被告らの責任

(一) 事故の危険性及びその回避義務

(1) 本件事故現場である河川敷は、子供の遊び場となっており、ブルドーザーは子供の好奇心の対象となりやすいことから、無人で放置されているブルドーザーがあれば、子供がこれに乗り、各種レバー等を操作して遊ぶことになるのは容易に予測され、またその結果、ブルドーザーが突然動き出して本件のような轢死事故を含む危険が生じることも十分予見が可能である。

(2) 本件ブルドーザーの始動操作は、一般的には、メインスイッチをいれ、エンジンキーを回してエンジンを始動させ、駐車ブレーキを解除し、クラッチを踏んでギヤレバーを前進ないし後退に入れ、クラッチを放すことによって発進させるという手順を取る。しかし、ギヤが入ったままの状態であれば、メインスイッチを入れエンジンキーを回しただけで、駐車ブレーキをかけていない限りブルドーザーは発進し、一旦発進したブルドーザーの進行をとめるにはブレーキを踏まなければならず、始動スイッチ(エンジンキー)を切っただけでは、エンジンは停止しない(エンジンを停止させるためにはデコンブを引く)。また、ギヤ操作は、停止中は比較的容易で、子供でもこれを入れることができ、始動スイッチとともに、子供のいたずらの対象となり易い。そして、本件ブルドーザーは、エンジンのかかりのよいことで定評を得ている機種であって、冬季においても予熱なしで、始動スイッチを入れるだけでエンジンを始動させることができるとされている。

(3) 以上のとおり、本件ブルドーザーを、本件事故現場のような子供が遊び場としている場所に置いた場合、子供のいたずら等によって誤作動を引き起こす可能性が強いのであるから、ブルドーザーの管理につき責任を負う者としては、これを防止するため、ブルドーザーを駐車し、無人で放置する場合には、メインスイッチを切り、駐車ブレーキを掛けたうえ、エンジンキーを必ず外さねばならない。

(二) 被告福江の責任

被告福江は本件ブルドーザーの所有者として、ブルドーザーの管理責任を負う者であるところ、前記(一)(3)の注意義務を怠り、運送人の被告梶山運送に対し、搬入後エンジンキーを付けたままにしておくよう指示しながら、ブルドーザー搬入後の管理を怠っていたものである。

(三) 被告梶山運送の責任

被告梶山運送はブルドーザーの運送を請負い、同被告の従業員訴外富永をしてこれにあたらせ、同訴外人はこれを被告内田建設の工事現場に搬入し、市道の路肩に駐車させたが、右駐車場所は子供を含む一般人が頻繁に行き来する所であるから、前記(一)の危険性からすれば、訴外富永としては、本件ブルドーザーのメインスイッチを切り、駐車ブレーキをかけたうえ、エンジンキーを抜いてこれを持ち帰るか、少なくともブルドーザー内の運転席の下等に隠すことにより、第三者のいたずら等による誤作動の危険を防止するべきであり、この義務さえ尽していれば、本件事故は容易に防止しえたにもかかわらず、これらを怠ったものである。

右のとおり、被告梶山運送には、訴外富永に対するブルドーザーの搬入後の適切な指示を怠った過失及び訴外富永には被告梶山運送の義務を遂行するに付き右過失があったのであるから、被告梶山運送は訴外富永の使用者として不法行為責任を負う。

(四) 被告内田建設の責任

(1) 被告内田建設は、河川の改修工事を請負ったものとして、その工事現場における人及び物の安全を配慮すべき義務を負うところ、本件工事の現場監督であった、被告内田建設の従業員訴外平原は、工事に先立って本件ブルドーザーが搬入され、相当期間これが放置されることになるのを知っていたのであるから、エンジンキーを外してこれを隠す等の処置をとってブルドーザーの誤作動による事故を防止すべきであったにもかかわらず、エンジンキーは当然外してあるものと軽信し、本件ブルドーザーを放置したまま立ち去った過失があり、被告内田建設は訴外平原の右過失につき使用者として責任を負う。

(2) 被告福江が本件事故につき、原告に対し不法行為責任を負うことは、前記(二)のとおりであり、被告内田建設は、被告福江のブルドーザー工事(浚渫工事)の発注者であって、被告福江は被告内田建設の指示にしたがってブルドーザー工事を実施するものであるから、被告内田建設は被告福江の使用者にあたり、同被告の過失についても使用者責任を負うものである。

4  亡秀信の損害

(一) 逸失利益

金三七五一万三三六四円

亡秀信は、事故当時八歳六か月の健康な男子であったところ、事故がなければ、一八歳から六七歳まで就労が可能であり、その間少くとも高卒男子労働者平均賃金相当額の年収を得ることができたと考えられるから、生活費としてその五割を控除したうえ、中間利息の控除につき新ホフマン方式により、死亡時の逸失利益を算定すると金三七五一万三三六四円になる。

(二) 慰謝料

本件事故の状況に照らすと、亡秀信の死亡に伴う慰謝料は一五〇〇万円が相当である。

5  原告は亡秀信の母とともに、亡秀信の右損害賠償請求権を相続(相続分は二分の一)した。

よって、原告は、被告らに対し、各自、原告が相続した右損害賠償金二六二五万六六八二円の一部である金一八〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六〇年六月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告内田建設)

1 請求原因1の事実は不知。

2 同2について

(一) (一)の事実中、被告内田建設が被告福江にブルドーザーによる浚渫工事を請け負わせた、との点は否認し、その余の事実は認める。

被告内田建設は、被告福江に横曽根川河川改修工事の内ブルドーザーによる浚渫工事を請負わせる予定であったが、本件事故当時請負契約が成立していたわけではない。

(二) (二)の事実中、本件ブルドーザーが被告福江の所有であることは認め、その余の事実は不知。

(三) (三)の事実中、訴外富永が訴外平原に対して、本件ブルドーザーにエンジンキーが装着してある旨告げた、との点は否認し、その余の事実は認める。

(四) (四)の事実は不知。

(五) (五)の事実中、亡秀信が、その主張の頃、本件事故現場において、本件ブルドーザーに轢過されて死亡したことは認め、その余の事実は不知。

3 同3について

(一) (一)の事実はいずれも不知、またその主張は争う。

(二) (四)のうち、

(1) (1)の主張は争う。

訴外平原は、本件ブルドーザーが事故現場に搬入された際、測量のためたまたま現場に居合わせはしたが、被告内田建設による改修工事の着工は二週間ないし四週間先に予定されており、当時さしあたってブルドーザーを使用する予定はなく、本件ブルドーザーの搬入についても被告福江からなんらの連絡も受けておらず、また、本件事故現場は被告内田建設の、工事予定地付近ではあるが、予定地内ではない。右の事情のもとでは、被告内田建設が本件事故現場につき、同所に立ち入り得る第三者に対して、その所有に属しないブルドーザー等の保管に関して、一般的な安全配慮義務を負っていたとはいえない。

(2) (2)の主張は争う。

被告内田建設は、県から請負った河川改修工事のうち、被告福江に対し、ブルドーザーによる浚渫工事を下請させる予定であったに過ぎない。被告内田建設が下請業者である被告福江に対し指揮監督権を有するのは、ブルドーザーによる浚渫工事に関してのみであって、被告内田建設と被告福江とは「使用者と被用者」または「これと同視しうる関係」にたつものではない。

4 同4、5の事実は不知、また、その主張は争う。

亡秀信の逸失利益の算定につき、新ホフマン方式を採用しながら、基本となる収入につき、高卒男子労働者平均年収額を基礎とするのは不合理であって、これについては、賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計の一八歳~一九歳男子労働者の平均給与額を基礎とするべきである。

(被告梶山運送)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2について

(一) (一)の事実は不知。

(二) (二)の事実は認める。

(三) (三)の事実中、訴外富永が駐車ブレーキもかけなかったとの点は否認し、その余の事実は認める。訴外富永はブルドーザー搬入後、そのメインスイッチを切り、駐車ブレーキをかけ、ギアをニュートラルにし、排土盤を降ろす等の安全措置を講じたうえ、居合わせた被告内田建設の従業員訴外平原に対しても、エンジンキーは装着したままである旨引き継いで本件現場から立ち去ったものである。なお、エンジンキーをそのままにしておいたのは、運搬の注文者である被告福江及び本件現場にいた被告内田建設の従業員訴外平原の指示による。

(四) (四)の事実は不知。

(五) (五)の事実のうち、亡秀信が、その主張の頃、本件事故現場において、本件ブルドーザーに轢過されて死亡したことは認め、その余の事実は不知。

3 同3の(一)及び(三)の各主張は争う。前記2(三)に記載のとおり、被告梶山運送としては被告福江の指示にしたがって、本件ブルドーザーを搬入し、安全措置を講じて、被告福江の下請工事の発注者に引き渡したのであり、また本件事故は、被告梶山運送がブルドーザーを搬入から三日後に生じていることからも被告梶山運送の管理責任はない。

4 同4及び5の各主張はいずれも争う。

三  被告内田建設及び被告梶山運送の仮定的抗弁(過失相殺)

本件事故の原因は、亡秀信らが本件ブルドーザーをいたずらで操作したことにあるから、損害賠償額の算定にあたり過失相殺されるべきである。

第三  被告福江は、公示送達による適式の呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しない。

第四  証拠〈省略〉

理由

第一  被告内田建設及び被告梶山運送に対する請求について

一  請求原因1の事実(原告と亡秀信の親族関係)は、原告と被告梶山運送の間では争いがなく、被告内田建設との間においても、右当事者間で成立に争いのない甲第一号証によればこれを認めることができる。

二  本件事故現場付近の状況並びに本件事故の発生及び事故に至る経緯

亡秀信が、昭和六〇年六月九日午前一一時五〇分ころ、本件事故現場において、被告福江所有の本件ブルドーザーに轢過されて死亡したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すると、以下の事実が認められる。

1  本件事故現場は山口県防府市大字台道遠ヶ崎所在第一横曽根橋の北西約四〇メートルに位置する市道遠ヶ崎市西線沿いの横曽根川河川敷の路肩上にあり、右路肩は幅員二・五メートルの市道に並んで幅員六・一メートルを有し、本来の横曽根川の河川敷とは幅員四・一メートルの土手の傾斜部分で区画されて高くなっており、付近は民家が点在する農村地帯であるが、西方約二〇〇メートルの付近一帯には民家が密集しており、事故現場北東約一五〇メートルには横曽根川を隔てて国道二号線が、南東方向約四〇メートルには県道高井大道線がそれぞれ走っている。また事故現場付近河川敷は、平坦な空地で人が自由に出入りでき、時折児童が遊戯することもある場所である。

2  被告内田建設は、昭和六〇年五月二四日ころ、山口県から横曽根川の河川改修工事を請負った(原告と被告内田建設の間で争いがない。)が、右工事の具体的内容は、山口県防府市大字台道遠ヶ崎の横曽根川の内、県道高井大道線の第一横曽根橋付近から、南方(下流)へかけてJR山陽本線の鉄橋付近まで一帯の川底の浚渫工事等であった。右工事のうち、重機等による実際の浚渫工事については、被告内田建設と訴外稲葉産業との間で、同訴外人に下請させるべく、既に口頭の契約が成立していたが、被告福江が窮状を訴えて、被告内田建設に借金を申し込むとともに、右の浚渫工事を下請けさせてくれるよう頼んだことから、被告内田建設は、被告福江に対し、一〇〇万円を貸付け、訴外稲葉産業の了解を取り付けさせたうえ、同月二六日ころ被告福江と浚渫工事の請負契約を締結した。

3  一般に、河川の浚渫工事は、川の現状を測量して図面(横断面)を作成し、これを県に提出し、県から川の浚渫箇所や浚渫土量につき指示を受け、現地の草木等の伐採をしたうえで、ブルドーザーによる川底の浚渫を行い、最終的に県の判定を受けるという順序を経るのであるが、本件で、被告内田建設が県に提出した測量図面には不備があったので、同年六月六日被告内田建設の従業員訴外平原は、再測量のため横曽根川の工事予定地に赴いた。その当時被告内田建設としては、ブルドーザーによる浚渫工事の開始は二ないし四週間後に予定していた。

4  ところが、被告福江は、同日の朝被告梶山運送に対し、山口市仁保津の建設工事現場に置いてある被告福江所有のブルドーザー一台(機械重量約三三〇〇キログラム、全長三・三メートル、車幅二・五四メートル、高さ二・二メートル)を、横曽根川の被告内田建設の工事現場に運送するよう依頼した(原告と被告梶山運送との間で争いがない。)が、その際、搬入後もブルドーザーのエンジンキーは着けたままにしておくよう指示した。

5  被告梶山運送の従業員訴外富永は、同日午後四時五〇分ころ、トラックに積載して本件ブルドーザーを本件事故現場である横曽根川河川敷路肩に搬入したが、この時前記3の事情から、同所に被告内田建設の訴外平原外一名が居合わせ(原告と両被告の間で争いがない。なお、その位置は第一横曽根橋西詰の横曽根川河川敷路肩付近である。)、同訴外人は訴外富永に、同所が被告福江の工事現場である旨教えたので、訴外富永は同所にブルドーザーを降ろし(その位置は、本件事故現場から約一六メートル北側の地点)、エンジンを切り、駐車ブレーキをかけ、ギヤをニュートラルにし、メインスイッチを切り、排土盤を降ろしたが、エンジンキーは、被告福江の指示を守ってブルドーザーに装着したままにし、特にそのことを訴外平原に告げ、ブルドーザーについての注意を促すことや、申し送りなどすることなく同所を立ち去り、また、訴外平原も測量を終えた後本件事故現場から帰社し、本件ブルドーザーはエンジンキーが装着されたまま放置されることになった。

6  亡秀信は、同月九日午前一一時五〇分ころ、兄清志(昭和五〇年一一月二日生)、友達の吉村晃市とともにうなぎ取りに出掛けて、本件事故現場のブルドーザーを発見し、これに乗って、各種スイッチ、レバー等をいじって遊ぶうち、エンジンが始動してブルドーザーが後退しはじめ、狼狽した亡秀信は兄に続いて飛び降りようとしたところ、キャタピラーに巻き込まれて轢過され、即死した。以上の事実が認められる。

被告内田建設は、被告福江との請負契約は成立していない旨主張するが、証人内田廣子及び証人平原康男の各証言によれば、少なくとも前示のとおりの口頭での契約は成立していたものと認められる。また、被告梶山運送は、本件事故現場にブルドーザーを搬入した際、訴外富永は訴外平原に対して、エンジンキーは付けたままである旨告げ、同訴外人からもそのままにしておくよう言われた旨主張し、証人富永功一の証言中にはこれに沿う供述部分が存するが、右は前掲平原証言及び内田証言に照らし措信し難い。さらに原告は、駐車ブレーキの解除は子供の力では無理であるから、訴外富永がこれを作動させていなかった旨主張するところ証人中野勉一及び証人吉村百合男の各証言にはこれに沿う供述部分が存するが、反面、右吉村の証言及び原告本人尋問の結果によれば、駐車ブレーキの解除には一種のこつがあり、大人がブレーキペダルを強く踏み込んでも容易に解除しないが、右ペダルを蹴り込むと簡単に解除となる場合があること、吉村晃一はブルドーザーの取り扱いの要領をある程度知っていたことが認められることに照らし、右中野証言及び吉村証言は、にわかに採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  ブルドーザーの誤作動の危険及びその予見可能性

〈証拠〉によれば、請求原因3の(一)の(2)の事実(本件ブルドーザーの始動操作手順等)及び子供が駐車ブレーキを解除することが不可能とはいえないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  被告梶山運送の責任

1  ブルドーザーのように、構造上、自動車などと違い運転席に上がることを遮断できず、しかも一旦誤って発進すると極めて危険な重機については、これを一般に開放されている場所或いは子供の立ち入ることが予想される場所に無人で駐車させる場合、その所有者、管理者など法的に管理責任を負うもののみならず、条理上これらと同視しうべき者は、誤作動による事故を未然に防止すべき義務があるというべきである。

2  被告梶山運送の従業員訴外富永が、同被告の指示に基づいて本件ブルドーザーを搬入した本件事故現場は、前示のとおり、子供の立ち入りが予想される場所で、搬入当時同所にブルドーザーを受取るべき所有者の被告福江はいなかったのであるから、搬入者がその占有を解くにあたっては、ブルドーザーの駐車ブレーキをかけ、メインスイッチを切ったうえ、エンジンキーを抜いて、これを持ち帰るか、少なくともブルドーザー内に隠し、ブルドーザーの誤作動を防止すべきであったといわざるを得ない。そして、同所に所有者に代わってブルドーザーの管理を引き受ける者が居る場合には、この者に占有管理を引継げば足りるが、その場合でも、新たな管理者において、直ちにブルドーザーの使用や、管理のための措置を取ることが明らかであるような特段の事情の無い限り、管理の引継ぎは、エンジンキーを引渡してこれを行うべきであるところ、本件では、搬入先の事故現場に被告内田建設の従業員の訴外平原が居合わせたのであるが、前示のとおり、同訴外人にエンジンキーを引渡してはおらず、また、これを引渡すまでもなく、訴外平原において本件ブルドーザーの管理を受継ぐことを明確に表示していたか否かについては、これを認めるに足りる証拠はない。

3  また、訴外富永がエンジンキーを装着したまま、事故現場を立ち去ったのは、運送契約の発注者である被告福江の指示によるものであることは、前示のとおりであるが、証人福永功一の証言によれば、そのような場合でも、搬入後、直ちに注文者らがブルドーザーの引き渡しを受けるときは格別、それ以外はブルドーザーからエンジンキーをはずし、その後これを注文者に手渡すことが運送業にたずさわる者の通常の手続であることが認められるうえ、ブルドーザーを搬入したことによって、運送人の注文者に対する契約上の責任は尽きるにしても、危険物を搬入した者が、安全措置を講じずにこれを放置し、第三者に損害を発生せしめた場合、第三者に対する注意義務違反として、一般不法行為法上の責任を負うことがあるのは、契約上の義務を尽くしたことが、当該第三者に対する不法行為責任を阻却するものでない以上、自明のことといわなければならない。

4  さらに本件事故は、被告梶山運送の搬入の三日後に起きたものであるが、この間に、本件ブルドーザーに所有者または管理者による管理行為がなされた場合は格別、そのような事情を窺いうる証拠のない本件では、搬入後日時が経過したことをもって、被告梶山運送の責任に消長をきたすものとはいえない。

以上によれば、訴外富永は、被告梶山運送の事業の執行につきなすべき注意義務を怠ったものというべく、被告梶山運送は訴外富永の使用者として(後記のとおり、被告内田建設、被告福江ともに)亡秀信の死亡について責任を負うといわざるを得ない。

五  被告内田建設の責任

前示二の事実に、証人平原康男の証言によれば、昭和六〇年六月六日に訴外富永が本件ブルドーザーを搬入した際、被告内田建設の従業員訴外平原は、本件改修工事に必要な測量のために、偶然本件事故現場に居合わせていたのであるが、ブルドーザーの運転資格を有し、そのための講習も受けた同訴外人には、同所が市道に隣接し、一般の通行に供せられ、また子供の遊び場となることも予測される場所であるから、エンジンキーを付けたままのブルドーザーを放置すれば、いたずらによる誤作動によって不測の事態が発生することも予見することができ、しかも同所にはこれを受け取って管理する者はおらず、また搬入者の訴外富永は早々に立ち去ってしまったことから、浚渫工事開始までの二ないし四週間、右ブルドーザーがそのまま同所に放置される場合のあることを知り若しくは知りえたのであるから(このことは、被告梶山運送には分からないことで、被告内田建設にのみ分かっていた事情である。)、被告福江にブルドーザーによる浚渫工事を請負わせた被告内田建設の現場責任者である訴外平原には、放置されたブルドーザーがいたずら等によって作動しないようブルドーザーを点検し、そのエンジンキーが外されて、誤作動の恐れがないか否かを確認すべき注意義務が存したものというべく、これを尽してさえいれば、ブルドーザーにエンジンキーが装着されていることを容易に発見することができ、本件事故を未然に防止しえたことは明らかであるから、訴外富永がエンジンキーを抜いたものと軽信し、なんらの確認措置を取らなかったことにつき、訴外平原に過失があり、右過失は被告内田建設の事業を執行するについて存したものといわざるを得ない。而して、亡秀信の死亡は右過失による(被告梶山運送と被告福江との共同不法行為)ものであるから、被告内田建設は訴外平原の使用者として不法行為責任を負うものである。

六  損害

1  亡秀信の逸失利益

前示のとおり、亡秀信は事故当時八歳六か月であり、事故がなければ満一八歳から満六七歳まで四九年間稼働し得たものであって、昭和六二年度賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計の一八歳ないし一九歳男子労働者の年間平均給与額は一九二万八五〇〇円であるから、亡秀信の生活費を収入の五割とし、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すれば、金一八四七万四八三七円となる。

(算式)

一九二万八五〇〇円×(一-〇・五)×(二七・一〇四七-七・九四四九)=一八四七万四八三七円

2  亡秀信の慰謝料

本件事故の態様、亡秀信の年令、親族関係その他諸般の事情を斟酌すると、亡秀信の慰謝料としては金一三〇〇万円が相当である。

3  前掲甲第一号証によれば、原告が亡秀信の母とともに、亡秀信を相続したこと(相続分各二分の一)が認められる。

七  過失相殺

前示のとおり、亡秀信は本件事故当時八歳六か月であったから、他人所有の物にいたずらをしてはいけないこと、また、重機等の各種スイッチ類を操作するのは危険であることなどの事理を弁識する能力が存したにもかかわらず、ブルドーザーを遊具にしたことから本件事故が発生したものであり、いわば自招事故の色彩が強いこと及び本件ブルドーザーのエンジンキーを回したのは、亡秀信の兄清志であることが窺われることなど被害者側の事情を考慮すると、本件事故による損害の四割を過失相殺として減ずるのが相当と認められる。

(過失相殺後の損害額金九四四万二四五一円)

第二  被告福江に対する請求

〈証拠〉を総合すると、請求原因1及び2、3の(一)、(二)、4及び5の各事実が認められる。

右によれば、被告福江には、民法七〇九条により、亡秀信に生じ、原告が相続した損害である前示第一の六記載の損害額金一五七三万七四一八円の支払義務がある。

第三  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告らに対し、各自、被告梶山運送及び被告内田建設において金九四四万二四五一円、被告福江において金一五七三万七四一八円及び右各金員につき本件不法行為の日である昭和六〇年六月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれらを認容し、その余の請求は失当であるからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大西浅雄 裁判官 大西良孝 裁判官 三木昌之は転補のため署名、押印することができない。裁判長裁判官 大西浅雄)

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